プログラマーズ Live free ,Beyond limit 未分類

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スキーで真似してみろといって、どうしても出来ていると思ってしまう人へ

何が出来ていないのかわからない。
自分では出来ていると思って、相手に見せに行くと、言われていない条件を追加される。
特にスキーに限ってそれをどうやって解決したらいいのか?
https://youtu.be/AC1pt7pHXCY?t=2m57s

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2017/02/18 14:06 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

今を楽しみ続け、立ち止まる勇気がいる


何かを考えている時に、他のことを考えたほうが楽しいことがあるのではないかと思ってしまう。今はツイッターで電王戦をやっているからそれを見て楽しもうとか・・・・・

 自分がどうして今の行動をして安心しきっているのか論理的に把握して、リスクを取っていかない限り、永遠に解決しないだろう。今日の電王戦はおいておいて、プログラミングに集中して、身近な楽しみを優先する有機を持って行こうと決断する。 電王戦を楽しんでいなければ、あとから取り返しがつかないなんて思わない。電王戦を楽しまないことで、あとから見ようとした時に、将棋の読みを学ぶことによって、プログラミングが上達することもあるから、それを見ようとするのはいいことかもしれない。でも、今、プログラミングをすることが上達することになるんだからそれにかけよう。今日も明日も楽しいことはある。常に稽古をすれば無限の楽しさがそこにあるじゃないか。

今日の朝は座ってプログラミングをして少し考えたものの、電王戦のほうが楽しそうかな?という未来の期待に基づいて方針を変更してしまった。今楽しいことに集中していればもう少し出来たのに。
この自分が楽しいと感じていることに対して自身を持てないところがだめだな。

2014/11/03 20:54 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

征服者たち 

 デモーニッシュな表現を行わなかければ新しいものは生み出すことはできないのはなぜか。新しいものは自分の外側にあるので、自分の把握できる良きものが常に実現できるとは限らない。想像した時点で姦淫しているとみなすというキリストのことばあある通り、夢と現実は区別できず、思考実験をするのと、現実世界で試すことに区別はない。思考実験でさえも、現実世界に影響をおよぼすことを避けられず、そのような2者を区別する割り切りも、契約をして、創造の世界は自分の範囲外だとして進んでいるに過ぎない。また、その道という契約は相対的なものなので、違う方法でアプローチしても良いのだが・・・・
 すべてを抱え込んで責任を持ち管理したいという欲求と、新しいものを作り出したいという欲求は常に対立するが、その整合性をとり、または、激しく対立させるのが契約である。
 自分の責任を果たしたら、あとは自分が精一杯表現して良い(天賦人権)という考え方が、強力な征服の力を持つ。いつまでもグダグダと他人を侵害することを恐れず、どんな表現方法でもいいので自分の欲望をあきらかにする。この踏ん切りを自分と限界まで戦って倫理観を高める。その時に、いくらだからだけ使っても、心の方向性を他人に与えられたら、そこを攻撃されると一気に崩れる。身体で検証しないのも同程度に弱い。
 アニメの魔術の表現で契約をすると力を得られると思っている人がたくさん地いるが、契約をすることで、外部化して自分の中の悪魔を呼び覚ます許しを自分自身に与えるという側面もあると私は思っている。動物から見れば、なぜ自分の悪魔を呼び覚ましているのかわからないだろうが、自分の判断が限界を迎えたからこそ、相手や自分と契約し、それに従うのだ。契約に準じるとは、自己放棄であり、自分の限界を認めて降伏することであり、それによって自分自身にかけていた制限にも降伏する。だから、相手には悪魔や天使が襲ってくるようにみえるのだろう。
 エネルギーが強くなれば、快感不快感とも同僚発生するとすると、不快感は快感の4倍感じやすいので、どうしても悪魔になったように感じる。
 開放系の稽古とは、ある程度のところまではそういった戦いをする。すべての自分の悩みを表現しきり、戦いを終わって契約が固まると、次はその契約にそって天地を結ぶ柱になり続け更に太く輝く高速道路のようになるかという戦いというか過ごし方になる。
 誰とでも和合できるという状態がある。それは非常に重要であるように思う。しかし、完全に意思なき物である動物的意識があれば、それは当たり前にできる。一方、興味を持ち、自分で違う宇宙を想像する意識(興味 好み)があれば、それを実現するために、自分の興味曲げないでおきたいという欲から、その流れに逆らう意思が生ずる。意思なき法則と自分の意志がつながろうとすると、戦いになるがそれを避けて和合しているふりをしてなんになるのか。天が激しく地を襲わなければ、なんにもうまれないし、地が激しく天を襲わなければ、なんの具体性や臨場感も生まれてこない。戦いになった時に、最後まで戦う力が俺には欲しいし、今までも出してきた。力は欲しいというより、天地人々われの流れや循環を早めたいだ。

2013/02/25 20:29 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

CMS

2013/01/06 03:31 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

馬鹿をちょっと違った相手と認識して相手にする方法

自分がどういうときに能力を発揮していいのかさっぱりわからなくて大変困っている。

苫米地英人が、キリスト教が支配者に気に入られた理由の一つに、「私は神と同等でない存在なのだから、全知全能にはなってはいけない」と強烈に刷り込める教義を持っていたという点を挙げている。本とはそんなことないんだけど、道にはそれぞれ弱点があるから、経年劣化で攻略されてしまったんだ。

苫米地さんの本を読んで、彼が「馬鹿は助ける必要がない」とかいっているのを見ていると、そうじゃないんだと思うが、それを捨てて自分のやりたいことをやれば、一時的に能力が高まることも理解した。彼は自己と他人を明確に分けて、その意思に介入することをよしとしない。コーチングのやり方の通り、相手の方向性を全く曲げないでその勢いだけをつけることが善であると考えている。私はその考え方と違って、体の中にはいろいろな方向性があってそれを統合しようと人間はがんばっている。そのときに一部の声を切り捨てて前に進んではいけなくて、その一見どうでもよい悩みにやりたいことが詰まっていると考えている。
 たばこをやめたかったら、執着をなくして解決するという方法があるが、たばこを適切な人間が吸っていない社会構造を生み出した原因を探って、何も捨てることなくやめるというのが僕のアプローチだ。
 執着をなくしていろいろ構築することはできるんだけれども、それだと好みのバリエーションが狭くなってしまう。
自然状態が一番バリエーションが多くてぶつからないようにできているが、それからずれて一カ所に集まる原因として、あることを忘れたり覚えたりするという力がある。これが人間の理性であるが、その決定に全体が含まれていないと簡単に暴走してしまう。

 倫理観を高める方法として、いろいろ知識を仕入れて中庸を維持する基準を明確にするという方法があるが、それだと、検証と実行の間にタイムラグがありすぎて、ついつい検証が遅くなってしまう。検証なしではいつまでも結果を出し続けることができないので、この間を知事メルのではなくなくすことを選択できるようにしたい。
 このタイムラグの間が短いことを昔は応報性が高いといったが、応報刑法論とは少々違う。あれは、法律によって直ちにみんなが思っている妥当な検証を行ってその結果を人為的に発生させてよい方へ向かっていくというシステムだが、そこには理由を本人にわかる形で提示するという方法はない。教育刑法理論というアドオンでくっついているが。
 
 感受性を強くして、いやな方向に動いた瞬間に理由がわかるというようにするのが一番よろしいし、洗脳されているとわかっていても、だめなことをやって、その結果もきちんとイメージできるという方がよいに決まっている。もちろんそんなことを常に考えていたら、頭がおかしくなってしまう人が多いだろうから、すぐにできるようにしておいて必要なときだけ取り出せるようにしておきたい。

 たとえば僕が馬鹿になっていると、(今の状態がそうだが)いろいろプログラミング言語を覚えたいが、覚えたら何をしでかすかわからないので、覚えた後も今の、全くわからない人でも、簡単にプログラムを組めるような言語を付くってほしいという怒りを忘れてしまいそうで、忘れない方法も確立していない。従って、プログラミングはやめておこうとなって今の状態になっていると思っている。
 
このときに、そんなのはどうでもいいんだといってしまう場合、簡単にくめる言語を作りたいという感情が変質してしまう恐れがある。(簡単のハードルが学んだ後だと低くなる可能性がある。)それを何とかする方法は、体を空っぽにして正直に反応するようにするということ+何かでどうにかできないのかなと思っている。

 ここで重要なのは、能力を極端に増やしておいてから倫理観を高めるとか、倫理観についてフィールドを設定して研究して安全性を確かめてからそこの進んでいくとかいう ハイパースレッティング処理は絶対に行わないと言うことだ。それだと全員が違う方向に好き放題に進むことはできないから、行動が健勝になり検証が行動になるようなシステムを作りたい。

SRNSで思考の漏出の速度を速めて、人間の存在するフィールドを宇宙が膨張するように広めて、なおかつ緊密に交流するためには、表現方法を改良しなければならない。
洗脳護身術という苫米地さんの本があるが、あれが無意識レベルでありとあらゆる方向に働き、なおかつ他人を受け入れることと、表現することを阻害しないようにするには、彼の力だけでは難しいと思う。もちろん使う側も精度を上げるためには、ATフィールドの細かい制御を言語化して記述して、体同士でも交換して成長させることが必要であるが、共通認識が育っていないので、最初に研究する人は自分で足場を組んで進んでいかなくてはならない。研究というのも、一般人の常識によって先端が押し上げられるメンがあるから、一般人が興味を持たないとさっぱり進まない。

 結局のところ、馬鹿と天才は紙一重で、馬鹿にするっていうのは他人の悩みを放棄するっていうことで、それは自分がもし天才で何でもできるとおもっている俺のようなタイプだとそこが許せない。それを忘れて他の人に見える能力に変換するために、切り捨てることもできるだろうが、それはこちらのプライドが許さないのだ。金の力はそれをすっぱり切り捨てさせるが、俺はそうしていない。
 
 金儲けのことさえ考えていいなら、出会い系として運用して、こっちが中央銀行に成り代わって戦争ばかりやっていればいいのだろうが、そんなことは絶対にいやだ。
 演技をすぐに把握した上で、あらゆる人間の感想を整理し記述して、簡単に受け取れるシステムが作られると必ず倫理観が高まるのか。それを協力に連携させるためには仕組みが必要なのかいらないのか。

 こういうことを考えるときにまず重要なのは、機能を加えれば必ず性能が上がるわけじゃなくて、逆に機能を減らすことで単純化してよい結果が得られると言うことがあると言うことを念頭に置くことだ。こんなことを気をつけておこうと考え方をセットした後に考えてみる。
 まずは、言外行われている因果応報の時間的距離を縮める方法として、敏感になるという手法がある。これは主観的すぎて、周りの常識とずれる可能性があるが、自分の気が済むまで体を動かせば、自分がほしい情報は手に入るので、何とかなると思う。その次に、体動かさなくてもそれがわかるようになりたいという要望に応える方法を考える。とりあえず体を動かせば答えが出るが、それは時間がかかったりするので、インスタントに今必要な分だけ倫理観を取り出す方法を考える。いろいろなことが関連しているので文字では表しにくいのかもしれないが、リンクというのが一つの答えだろう。
 今はこの方法が不完全にしか機能していないが、GUIを進化させることで補えることまでは想像が付くし、今までもそうなってきた。今問題にしているのはその先で、どのようなデータの規格を用意しておけばどのような利用ができるのかというのを創造した上で開発方針を定めたい。今定めていることよりももう一歩深く考える必要があるようだ。
 新機動戦記ガンダムWに出てくるZeroシステムのデータ格納方式になれるかどうかを考えてみる。
全ての未来の可能性を見せるために複数の方向性をできるだけ広い範囲で、なおかつ等間隔で配置することが求められる。等間隔というのは数式で補助することができるが、外側の膨張パターンはランダムに見えるはずなので、体を接続する必要がある。
プログラマーが流行している職業だから、こちらで得たお金で、物を買ったりするので大変なことになる。それを細分化して力を押さえれば倫理的に動くことを強制できるはずだ。それが、全くの正義かと言う問いは愚問である。僕の考え方に賛同しなくても全くかまわないが、その場合は今の通貨制度よりお万能間がなくさらに人々を結ぶシステムを提案していただきたい。
 
 こうやって考えていくと、無努力の教えとか苦行の否定とかは自分が楽をするためではなく、他人に迷惑をかけないようにできるよい伊能だと気づく。自分の嫌いなことをやってその場しのぎを行うと、非常に大きなゆがみが生じてしまう。それを防止して、よい話を聞いて開いてもらったと感じる回数を増やすGUIを考えることが必要だ。
 
物には、それぞれ演技が備わっているが、現在のタグ通貨では、そのタグが作られたときからタグの縁起を記述し始めるようになっている。もちろん、そのまえの情報をべつの手段で付与することはできるが、基幹システムに組み込んでおく方が処理が早いはずだし作りやすい。

先着順にタグを専有するという 所有と縁起を分離するべきだと考える。
所有の方は先着順とその修正で決定して、分離の方はどうするかだ。所有が伴わないと記述力が初期の頃は落ちる。その後に、全員が記述するとして、タグ通貨によって、書く場所が限定されていると言うことが問題になってくる。中央銀行の数が多くなったとしても、それぞれの銀行が自分の利益になるように縛り付ける力を無制限に増やしてはだめだ。
 タグ通貨を生成して、それぞれがその価値を高めようとすると、盲点が発生するので、それを消す方法を考える。

判断を人知主義にするとおかしくなる。自然にて維持してもらうのが一番公平だがそのシグナルをとらえにくい。
タグ通貨で一時的に整理して、物を動かして生命活動を行う。それによって優劣を気にしなくなることが必要だ。

 今まで不換紙幣による資本主義経済とタグ通貨を両立させて、不換紙幣による過激な流れをつくってそれで学習するという流れを存続させることが必要だと今まで思っていましたが、不換紙幣によって統合された社会で生きるという社会契約を生まれた時点で結ばされることが当たり前と言うことがすでにおかしいことだと思った。ということは、判断が付くまでは、親によってどの通貨の中で生きるのかは偏りができるが、その裁量は法律で拘束されるとしてもよい。
 
 そもそも、俺の考えている通貨という概念がおかしいことだと思う。価値貯蔵機能を勝手に肯定していたが、人間が所有できると言うことがおかしいことだと疑うことをすっかり忘れていた。人間が何もしなくても食べていけるというのは当たり前のことで、努力なんか好きじゃなければしなくてもよいと私は考えている。契約の力は大事だが、それを履行したことによって得た対価が共通の仮想の評価基準に変換されて、次の契約に利用できることがおかしいのではないかと考える。その点タグ通貨は、情報空間の中で必要不可欠なパーツとしての本来の意味を持っているので問題はない。従って、タグ通貨は兌換紙幣に似ていると思う。

 資本主義経済で学ぶべき点は多いが、学ぶ意思がないとその効果はほとんどないに等しい。私は強制されてそれを勉強して少しはおもしろかったが、もっと丁寧に説明されていればもっと楽しかっただろう。
 相手を評価して、評価されている分だけ何か相手が得ることができると肯定している人間が多いのでお金というシステムは成り立っているが、どうやら、最低限の衣食住は公的機関で保障しても全く他の人が苦労しなくてよい状態に現在なっているので、通貨に万能性がなくても、人間の進歩を少しも遅くはしないらしい。

 今までタグ通貨の価値貯蔵機能についていろいろ勘挙げたが、そもそもそんなことを考えなくてよいことがわかった。GUIが進化すれば相手を評価すると言うことが必要なくなり、どの実権をすれば真実がわかるか相手に提示するという自己評価サービスを提供することに変化していく。
 だから、タグの専有によって力を増すために単一的な認証局の運用をしようというのは旧来の勢力を駆逐するのにもしかしたら有効でないのかもしれない。とりあえずカネが必要なだけで、知り合いの投資家が作りたいと思うシステムで資本主義は壊してこちらは特に何もしないと言うことが考えられるだろう。
 相手と同じ方法で競争するという時点で相手の洗脳計画を利用することになるのでリスクが発生する。簡単しシステムを捨てられるようにしておくこととしよう。競争も、他人がいるからそれよりももっといけると安心することによって、こちらの能力も高まり相手の能力も高まるというよい競争もあるが、互いに秘匿して足を引っ張り合うと言う悪い競争もある。一番よい競争は集合知が効率よく発揮される条件と同じで、決断は他人に影響されず一人で行い他人にその仮定を全て提示して、互いに検討した後、全員一致を目指して討議して、無理だったら秘密投票によって決定するという条件である。通常の競争では途中の行動が秘密となる点が一番の成長の妨げになっている。それによって、足を引っ張り合う競争が生まれて、相手に影響されて意思決定することに慣れさせられている。この力は既存の団体が大いに利用してきた方法なので、大きな心の流れはできていてこれをカネを攻略することによって利用できるが、その流れの方向の決定権は相手の手中に収まってしまっている。こちらが利用しているつもりが逆に返されてしまう可能性もあるわけで、私はあまりそちらのことについて今は詳しくないので、この領域を主戦場として決定するのはやめた。相手は正規軍なのだから、相手の得意な領域で勝負すると負けてしまう可能性が常識からすれば高い。しかし私はそれにとらわれず、作戦は適当に行くつもりだ。

 タグの所有から解放されるための仕掛けを作っておきたい。たとえ認証局が複数あっても、一つの局にまとめられてしまう危険性を低く抑えておきたい。解決策?として見方を変えるという方法が考えられる。200年は続かないだろうから問題はないと考える。その場合、一つの認証局が一人勝ちをしないようなGUIを考える。それによって、200年を100年にできないかと思う。
 相手は、前述の通りの競争と言う洗脳を使って、人間が集中する方向を決定している。私の予想では、一つの認証局の構築した体系が便利かつ、ほかの体系に穴がありすぎて使い物にならない場合は一番流行している体系に統合されてしまうだろう。流動性を高めておけば、ほかの手段で注目を誘導しなければならないのでこの問題は小さくなる。
 具体的な方法としては、個人ごとに、タグの認証局を場面ごとに切り替えられるようにしておいて、この言葉はどこそこの認証局から拾ってくる、別の言葉は別の認証局からと言うようにしておけば流動性が高まる。おおざっぱに言うとこうなってしまうが、この点についてはかなり細かい作り込みが必要だろう。切り替えも自動でやることができない場合、そういったタグの系統を誰でも簡単に分類できるツールをつくってデータをため込んでそれを自動で選別して必要な部分だけ手動で調節するということが必要だ。しかも、その基本的なアーキテクチャによって、寡占化が起こらないようにしたい。

こんなことを考えていると、お金という価値観の叫びが聞こえてくるようだ。彼ら自身がそんなはずじゃなかったと思っている。カネの機能に分相応な場所を提供して、限定された中で活躍してもらうという考え方がある。富野さんが児童文学という表現の縛りがあったからこそガンダムが生み出せたように、かねも活躍できるフィールドを限定することによって、さらに進化できる可能性がある。活躍の場を広げることが成長になると単純には考えられない。


 最初にタグの専有をしてそれを永遠に保有することを考えていた。しかし、一つの認証局から離脱するのが面倒くさいのでその力を無駄遣いしてしまうのでそれからも解放したいされたいと気づいた。

 現在のタグ通貨では胴元が圧倒的に儲かるようになっていて、小口の客は自分の貢献がどれだけ評価されて影響するのかを適切に制御できるとは思えない。なぜかというと、胴元の権利は基礎のアーキテクチャで規定されているが、委任先への権利
 数多くある言葉の中でも、まだまだタグの寡占化が進んでいる現在では、一時的に寡占化をSRNSがさらに進める危険性があるし、第一日常用語は4000語ぐらいがよく使う言葉で、後はその時々に流行に合わせて作り出される。ということは、委任システムの大枠だけじゃなくてもっと細かく定めるべきかもしれない。




 

 

 

2012/10/26 19:45 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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