プログラマーズ Live free ,Beyond limit 2013年09月

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奴隷をいくらこき使っても 相手にとってはそれは幸せなのかもしれない。

自分の能力が最大化されてもよい。それによっていくら他人がひどい目に会おうが良いと思わなければ、劇的な能力向上は望めない。自分の倫理観を乗り越えていく時にそれでも倫理観を維持したまま突き進む努力をすることによって、それは洗練されていく。

 現在見えている宇宙の彼方に行くためには、投げ打つことによって新しい自分が見えてくる要素と、そうではない、維持することによって分かれていたものをひとつにする作用がある要素がある。後者の代表的なものとして、約束を破る時に破ると宣言せずに破ろうとする存在を消滅させるべきだという願いがある。それと、世の中の物事を整理して文字にして歴史をすすめるということや、自分が何者かを知るために宇宙が何かを知るために必要な道具の開発をし続けるという要素がある。こういったことを捨てて進むのでは、もとからある混沌へと帰っていくだけだ。それがいくら光り輝く光明であったとしても、自らの欲望を叶え、幻影を作り出し、幻影の中で美しい芸術を求める人間とは全く対立する。

 私は陽澄明朗を求めて、そして無限の闇へと帰っていく。それを繰り返すことのできる存在でありたい。そうである。ゆきて帰りし物語ではなく、無限に続けるかどうかも自分次第であり、それは天国とも言えるし無限地獄でもある。

 願いが叶いその先の展開が出kなくなる恐怖に日々怯えながら暮らしている。そして、願いがかなわない苦しみがある。他人がクリしむことによって自分の地位を相対的に高めた成功はいっときのものでしかないと思いきや、他人の無能力さはその人にとっての有能さであるがゆえに、解消したいと思わなければ永遠に解消されない。それゆえに搾取の自由が存在する。

 
だからこのまま俺は金を儲けてSRNS計画を続行する。
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2013/09/28 20:30 | 社会分析COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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