プログラマーズ Live free ,Beyond limit 殺す喜びを人類はどうやって昇華させてきたのか?

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殺す喜びを人類はどうやって昇華させてきたのか?

食べる喜び 猟能 そういったものの背景には 人は殺さずにはいられないという本能的なものがあると思う。それをどうやって、昇華させていくのか。 料理にするのか、日常の狩りの美しさ 草を摘み取り食べていという欲求とは少し違うのかもしれないが、動物を殺すときはその欲求が満たされると思う。

人間は猟能が退化して、狩りをしなくなってからより残酷になってきた気がする。直接そういったことに接していないと殺すという刺激を受けられないにも拘らず、残酷な行動ができる。 そして、その実感がないからさらなる刺激を求めて残酷なことをすると私は考える。
行った結果がダイレクトに反映される応報性が時間軸に対して高い社会にするにはどうしたらいいだろう。行動と結果がより一体になった社会になるには。
そのためには、自然と遊び、慣性を鋭くするのが一番である。人間に言われたのじゃあ納得しないから。

2012/03/03 13:56 | 理想の勉強COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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