プログラマーズ Live free ,Beyond limit 相手を引きずり下ろす vs 相手の間違いを正すために戦う

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相手を引きずり下ろす vs 相手の間違いを正すために戦う

戦いをするために自分を許そう

自分がいくらいじめられて苦心惨憺してきたからといって、倫理観が新しい領域で圧倒的に優れているのか?という疑問が常にある。これがなくなった時には倫理観なんて消滅してしまうのだ。

自分と違う立場の人間の存在そのものを脅かすのかどうかを判定する能力を常に伸ばしていかなくては、新しい領域を似対応した倫理観を生成することは不可能で、いま経験値がいくら高いとしても、その後も安定して正義足りえるのか?はまったく未知数である。

 確かに敵を憎む力が、自分の能力を制限する方向に向く時がある。例えば、自らが不幸であるがゆえに開いても不幸であるべきだと思って引きずり下ろすような方向にいくと、その通りになって自分能力が下がる。
自分の能力の現状認識を変えずに、少しだけ分前を増やそうとするとそうなる。当然の結果である。

 相手敵を切っていく。自らが強者になった時に、弱者に配慮し続けることを選択するか否かは完全に自由であるがゆえに、今徳を積んでいるから後てちょっと横暴になっても良いという、今苦労したんだから後で報われるべきだという、若いうちに苦労していたから今があるんだろいう戯言に洗脳された状態を脱出しなkれば、過去の正義を未来に持ち込んで実行したいという願いはかなわないだろう。

 昔苦労したんだから、いま報われて当然だという考えは悪い。苦労しさえすれば必ず報われなければいけないのだから、苦労している人間は幸せな人間からなにもかも奪って良いということになる。自らが選択して不幸せに庵っているのに、相手から奪って一時的に満たされて幸せになった瞬間、再び不幸せな人間から収奪されて転落する。
体外の成功した人間は、自分だけ幸せになっても良いと少し幸せになった時に思い直し、そして、弱かった時の自分の主張(主に負の感情)を綺麗サッパリ忘れてしまう。それがまずい。弱者が力を得ることが進歩であり、それを平和裏に行うために、新しい市場が用意される必要がある。弱者だった存在が収奪する以前からすれば無の空間をよういすることが、平和裏に経済成長する条件である。

 今の成功哲学の本で倫理と集中力を重視しているのは稲盛和夫さんの本位だと思うが、継続的に年をとっても戦い続けるのはその2つがないとダメなんだと思う。大体の人間は、すごい道具を作っても、多くのいんげんの生活そのものを法律を変える以上に変えることは難しいし、それを何十年も継続的にやることはできない。僕はそういうことをやっているから、どうしても自分の意志が存在する理由をいつも確認しながら絶対交代しないように積み上げて勝負することが必要だ。作ってみてやはり自分が自分の存在意義の根拠となっているものがなくなってしまうようでは、その成果はその人にとって無意味なこととなる。

 何もない空間に向かって突進するときに方向性を定めるのは自ら合理的だと信じるフレームワークを維持する力である。その枠組から合理的に出てくる方向性を、体による支えがなくなっても肯定してもう一歩前に進む感覚がなければ、他の人間にそれを利用してもらわなければ、その努力の成果は消滅する。

 こうした葛藤は全て万能でなければ気が済まないという気持ちと、果たして自分が弱者ではなくあんった時にその配慮ができるのか?弱者であり続ける努力をしなければ、問題解決ができないほど、自らの能力が低い思う気持ちがぶつかり合って起きる。
 後者に関しては、いくら心配してもしょうがない。一瞬一瞬議論を積み重ね進んでいき、自らの願いが完璧に叶えられたのならば、それもまた達成されるという2つの条件を常に満たすことで、間違いながらも進んでいき、前者が全くできなくても後者だけは達成するという担保をするしかない。保証はそれ以上は不可能である。

 このように整理することで、自分の創造力を最大にして、なにか人を傷つけるからといって能力を下げたり上げたりするような、個別管理をするのではなく、全て全力でいって、相手の強弱にかかわらず主観的には同じ対応でうまく行かせるように、能力管理方法を変更することで、全力を出すことが可能になる。

 自分の価値観に沿った行動に相手をコントロールすることを直接の目的とするのではなく、相手のしたいことを徹底的にやりたいのならば、私に協力することでそれは達成されると説得することが重要だ。そして、相手が、間違っていることをしているなら徹底的に攻撃する。この2つを両立させることが負の感情も含めたすべての感情を使った努力につながると考えている。

 相手を引きずり下ろすことと、相手がやってはいけないことをやっている状態を是正するということと、全く違う。両方共戦いであるために、混同されがちだが、この2つを完璧に使い分けることができるなら、能力は無限に拡大するだろう。
 

2014/01/18 12:13 | 日記COMMENT(1)TRACKBACK(0)  

コメント

今現在、出来ていないのではないのか。
本音と建前を独白して正当化するんじゃない。

No:157 2014/03/15 03:54 | 通りすがり。 #- URL [ 編集 ]


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